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刑事裁判と「異議あり!」

2023.11.27掲載スタッフブログ

「逆転裁判」という人気ゲームのタイトルを聞いたことがある人は多いと思います。もしかしたら、主人公のナルホド弁護士が「異議あり!」とキメ顔で叫んでいる画像を見た人もいるかもしれませんね。

私も、弁護士になってしばらくは、友人達から「裁判で『異議あり!』とか言うんでしょ?」って良く聞かれました。

はい、言います!「異議あり!」って言います!

 

でも、実際の裁判でこれを言うシチュエーションは、ゲームの場面とも一般のイメージとも、ずいぶん違います。今回は、刑事裁判で実際に「異議あり!」と言う場合について、お話ししようと思います。

 

(1)「異議あり!」っていつ言うの?

裁判で「異議あり」を言う機会は民事裁判でも刑事裁判でもありますが、今回は刑事裁判の話をします。

たとえば、「お金持ちの家に侵入して、金庫から1000万円の現金を盗んだ」という住居侵入・窃盗事件で、起訴された被告人は「犯人は私じゃない。私はその時間に被害者の家には行ってない」と無罪を主張している事件があったとしましょう。

 刑事の裁判手続(公判といいます)は、疑われている犯行事実を読み上げる「起訴状朗読」、被告人に罪を認めるか認めないか聞く「罪状認否」、検察官・弁護人の証拠請求、証拠書類や物的証拠の取調べ、と流れていきますが、このあたりの手続で「異議あり」と言う機会はほとんどありません。

「異議あり」がいちばん良く出てくる場面は、これらの手続の後、目撃証人などの証人から話を聞く、証人尋問の手続です。

 

例えば「犯行時刻の直後に、被害者の家の近くの路上で、怪しい人物を見かけた」という目撃者を、検察官が証人として裁判所に呼んできたとしましょう。

証人を裁判に呼んだ場合、証人に好き勝手に話してもらうのではなく、検察官や弁護士、裁判官が順番に証人に質問して、それに答えてもらう形で証人に話してもらうことになります。

裁判で「異議あり!」が出てくるのは、この質問のときなのです。

 

(2)「異議あり!」って誰に言うの?

先ほどのゲーム「逆転裁判」では、ナルホド弁護士は、ライバルのミツルギ検事に向かって「異議あり!」って叫んでいます。

でも、実際の「異議あり」は、相手方に向かっては言いません。

「異議あり」は、真ん中で座っている裁判官に向かって言うのです。

もともと「異議あり」とは、「いま検察官が証人にした質問にはルール違反がある。ただちにやり取りを停止させて、ルール違反の質問を却下してほしい」と、裁判官に訴えるものなのです。だから、質問をした相手ではなく、質問を却下する権限がある裁判官に対して「異議あり!」とか「異議があります!」とか言うのです。

 

(3)「異議あり!」ってどんなときに言うの?

いま軽く触れたとおり、「異議あり」とは、主に証人尋問の時の、検察官や弁護人の質問の仕方にルール違反があるときに、それを指摘する場合に言うものです。

では、どのような質問が、ルール違反になるのでしょうか。

刑事訴訟法と刑事訴訟規則という法律・規則に、ルール違反になる質問が書いてあります。

 

簡単にまとめると、

①証人を威嚇したり、侮辱したりする質問をしたとき

②誘導尋問をしたとき

③一度聞いた質問と重複する質問をしたとき

④意見を求めたり、議論を吹っかける質問をしたとき

⑤証人が直接見たり聞いたりしていない事を質問したとき

⑥無関係な質問をしたとき

などです。

 

①はわかりやすいと思います。裁判でなくても「それは駄目だろう」って言いたくなるものです。

②~⑥は、原則はNGなのですが、してもOKな場合もあります。

このうち②の誘導尋問は分かりにくいので、簡単に説明したいと思います。

 

誘導尋問とは、簡単に言えば「YesかNoで答えられる聞き方」で、「質問する側が期待する回答内容を先回りして言ってしまい、証人が「はい、そうです」と答えるような質問」のことです。

先ほどの裁判を例に取れば、検察官が「あなたが見かけた人物は、どれくらいの身長で、どんな服を着ていましたか?男か女かどちらでしたか?」ならOKな質問です。この質問に対して証人は、自分の記憶を辿りながら、「えーと、たしか身長180cmはあるような大きな男性で、黒っぽい作業服のようなポケットのいっぱいある服を着ていました」などと回答します。

ところが、検察官が「あなたが見かけた人物は、黒っぽい服を着た背の高い男性じゃなかったですか?」などと質問した場合は、証人は「はい、そうだと思います」とYesで答えられてしまうので、その質問は誘導尋問であり、ルール違反になります。

誘導尋問がルール違反になるのは、一般人の証人は、裁判の場で誘導尋問をされるとついつい、自分の記憶と違っていても「はい、そうです」と答えてしまうことがよくあるので、間違った裁判つまり冤罪に繋がる危険性が高いからとされています。

逆に言えば、このような危険の少ない場合は誘導尋問をしてもいいのですが、どのような場合に誘導尋問をしてもOKなのかも、法律や規則で定められています。

 

(4)「異議あり!」ってどういうふうに言うの?

弁護人は、検察官の質問に耳を傾けながら、ルール違反になる質問がされた瞬間、証人が回答をするより前に素早く「異議あり」と発言します。証人が回答をしたら手遅れになるケースもあるので、瞬発力が要求されます。相手の質問フェーズでもボーッとしていられません。

裁判官は、異議を出されたらすぐに異議の理由を聞いてくるので、「いまの○○という質問が誘導尋問にあたります」などなど、先ほどの①から⑥に該当する理由を、すぐに答えなくてはなりません。「理由は?」と聞かれて答えられずモタモタしていると、裁判官はため息をつきながら「異議は却下、そのまま質問してください」などと冷たく裁判します。すごく恥ずかしいです。

異議の理由がいちおう正当なものと認められた場合、裁判官は、今度は検察官に向かって「これに対する意見は?」と聞いてくるので、検察官はすぐに「○○だから誘導ではありません」とか「誘導尋問が許される○○の場合に該当します」とか反論しないといけません。こちらもモタモタして反論を言えないか、言った反論が正当と認められない場合は「異議を認めます。検察官はいまの質問を撤回して、質問を変えてください」と裁判がされます。

 

どちらも集中力と瞬発力、そして正確な知識が要求されます。予め法律や規則のルールを頭に叩き込んでおいて、尋問のシーンでは相手の質問を聞き漏らすことなく集中して聞き、どこがルール違反になるのか、どういう理由で例外として許されるのか、ただちに説明できるようにしておかなくてはならないのです。

検察官はしばしば「バレなきゃいいだろ」的にルール違反の質問をぶっ込んで来ることがあるので、証人尋問のときは弁護人は一時も気が抜けることはありません。

 

(5)「異議あり!」ってなぜ言うの?

それでは、なぜ証人尋問で「異議あり」を適切に言えるようにしておかなければならないのでしょうか?

それは、先ほど述べた誘導尋問が典型ですが、ルール違反の質問がされて、それをそのまま証人が回答した場合は、事実と違った証言がされたり、裁判官の判断を誤らせるような証言がされたりして、最終的に冤罪、間違った判決がされる危険があるからなのです。有罪か無罪かだけでなく、量刑についても正しい判断を狂わせる可能性がある質問がされたら、ただちにこれを止める必要があるのです。

異議が認められた場合、質問者は質問の仕方をルール違反にならないように変えたり、その質問を諦めたりします。証人が回答する前に「異議あり!」と言って回答をストップさせることで、誤判の危険をもたらす回答が出てしまうのを未然に防ぐことができます。仮に証人が回答してしまったとしても、異議が認められれば、その質問と回答は「なかったこと」にされ、裁判官が判決をするときに、異議のあったやり取りを判決の理由に加えることができなくなるのです。

 

いかがでしょうか。「異議あり!」は、刑事裁判でとても大事なもので、カッコイイからやるものではないのです。だから、弁護士の業界では「適切な異議を出せるようになれば一人前」とも言われているんですね。私ももっと精進しないといけません。

(小玉)