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刑事免責制度と協議・合意制度について(その2)

2019.01.15掲載スタッフブログ

少し間が開いてしまいましたが、前回の刑事免責制度に引き続いて、昨年6月より運用が始まった協議・合意制度についてご説明します。
この協議・合意制度は、一般に「日本版司法取引」と呼ばれていて、最近は大企業の経済事件について、この制度が実際に利用されたという報道もあります。

この制度を一言で言えば、組織犯罪・企業犯罪などの特定の種類の犯罪について、被疑者・被告人(以下「被疑者等」といいます)が、共犯者などの他人の犯罪に関する供述や証言、証拠提供などの捜査協力をする見返りに、自分の犯罪については不起訴や略式起訴などの軽い処分にすることを、捜査機関との間で約束するものです。

具体的に説明していきます。

1 対象となる犯罪が限定されている
司法取引制度は、外部からその実態がわかりにくい組織犯罪や企業犯罪について、捜査機関が共犯者や内部者等から情報を取得し、事件の全容を把握して、処罰すべき「本命」の犯人を起訴し有罪判決を得る効果を期待したものとされています。
そのため、司法取引によって処分が軽減等される対象となる犯罪も、組織犯罪や企業犯罪として多く見られるものに限定されています。
具体的な犯罪名は結構多く定められていますが、おおむね、
・偽造罪、詐欺罪・組織的詐欺罪、恐喝罪、爆発物犯罪、銃器犯罪、薬物犯罪など、組織犯罪として多くみられるもの、
・贈収賄罪、業務上横領罪や会社法上の特別背任罪、脱税等の税務犯罪、カルテルや談合等の独占禁止法違反、有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引等の金融商品取引法違反などの経済犯罪など、企業犯罪として多くみられるものが、対象となる犯罪として定められています。
他方、殺人罪や強姦罪などは、司法取引による処分の軽減の対象とはなりません。

2 他人の刑事事件についての捜査等に協力をすることを約束すること
 諸外国の司法取引制度には、①自分の犯罪を自白して捜査に協力する見返りに、自分に対する軽い処分を求めるもの(自己負罪型)と、②共犯者などの他人の犯罪の捜査などに協力する見返りに、自分に対する軽い処分を求めるもの(捜査等協力型)の2種類があります。
 今回、我が国で採用されたのは、このうち②の捜査等協力型になります。
 被疑者等がする具体的な協力の内容としては、
①共犯者などの他人の犯罪の捜査について、捜査機関、つまり検察官や警察官(刑事)等の取り調べに対して真実の供述をすること
②他人の犯罪の刑事裁判において、証人として出廷し、真実の供述をすること
③捜査機関による他人の犯罪の捜査について、証拠を提出するなどの協力をすること
の3つが定められています。

3 見返りとして、自分の刑事処分を軽くすることを約束すること
 被疑者等は、他人の犯罪捜査に協力する見返りとして、自分の犯罪については軽い処分にすることを約束することができます。
 具体的な処分軽減としては、被疑者等の処分を決める検察官において、
①不起訴にしたり、起訴済みの場合は起訴を取り下げる
②刑罰の軽い犯罪として起訴したり、起訴済みの場合も刑罰の軽い犯罪に変更する
③正式裁判ではなく、略式裁判(罰金刑になる)や、即決裁判(執行猶予になる)として起訴する
④正式裁判になったとしても、検察官の求刑の時に通常より軽い刑を求める意見を言う
などがあります。
 ただし、あくまで刑事処分自体の軽減ですので、例えば被疑者等を釈放させるといったような約束をすることはできません。

4 弁護人の関与・書面の作成
 被疑者等が、捜査機関との間でこれらの取引や約束をするとしても、その約束が捜査機関に一方的に都合のいいものになる可能性があります。
 また、この約束が口約束になっている場合、どちらかが約束を破ることもあり得ます。
 そこで、この司法取引の内容についての協議は、原則として弁護人が関与しなければならず、約束をするについても弁護人の同意が必要とされていて、被疑者等だけで一方的に不利な約束をすることにならないよう配慮する規定が置かれています。
 また、双方の約束の内容は、検察官、被疑者等、弁護人の三者連名による書面でその内容を明らかにするという規定も置かれています。

5 約束を破った場合の処理・制裁
 このような約束をしたとしても、残念ながらどちらかがその約束を守らないという事態はあり得ます。
 また、検察官の処分軽減に対し、裁判所がこれを認めない決定をすることもあり得ます。例えば、裁判所が刑の軽い犯罪としての起訴を認めなかったり、検察官の求刑よりも重い刑罰を言い渡したり、略式裁判や即決裁判にすることを裁判所が認めなかったりすることがあり得ます。
 このような場合には、(結果的にせよ)約束が守られなかった側は、この約束から離脱することができます。

 そして、検察官が不起訴とする約束を破って起訴したり、略式裁判や即決裁判とする約束を破って正式裁判の起訴をしたりした場合、裁判所は公訴を棄却して、裁判を打ち切ることになります。また、検察官が約束を破った場合は、被疑者等が約束によってした他人の犯罪についての供述や提出した証拠等は、その他人の犯罪の裁判でも証拠にすることができないことになります。
 他方、被疑者等が約束を破って真実の供述をしなかった場合は、検察官は約束から離脱して本来の処分をすることができるようになるほか、被疑者等が裁判で証人として嘘の供述をした場合は3か月以上10年以下の懲役(偽証罪)に、捜査機関の取り調べに対して嘘の供述をしたり偽の証拠を提出したりした場合は5年以下の懲役になることがあります。

6 協議・合意制度のメリット、危険性
 協議・合意制度は、組織犯罪や企業犯罪に関わった者に不起訴などの利益を与えて、「本命」の被疑者に対する捜査に協力させるもので、捜査機関側のメリットは大きく、また自分の犯罪について不起訴等有利な処分を約束してもらえる協力者側の被疑者にも有利なものといえます。
 しかし、協力者側の被疑者が、他人を陥れようと思ったり、自分に有利な刑事処分のために捜査機関に迎合したりして、他人にとって不利となる虚偽の供述をする可能性もあります。つまり、冤罪が発生する危険が残るという見解も強く指摘されています。